其の百五十四 兄と弟

宇宙一武道会の決勝戦における悟空とレードの闘いで、レードがバージョン3になったが、悟空が圧倒していた。レードの全身は、全宇宙で最も硬い金属であるポラリスなのに、体の数箇所に罅が入っていた。全て悟空の攻撃によって入れられた罅だった。

「以前にボラリスと闘った時は、その硬さや軽さに苦労させられたが、今はそうでもないな」
「ちっ。ボラリスとの闘いに慣れてやがる。バージョン3で闘うのも限界か・・・」

レードは、バージョン3で闘う事に見切りを付け、その上のバージョン4で闘う事にした。

その頃、レード側の控え室では、悟飯と悟天が向かい合って立っていた。

「悟天。この十年の間、俺達は、まともに会話していないな。久し振りに兄弟水入らずで話をしないか?」

悟飯は、悟天の右隣に立っているゴカンを数秒だけ見た。それから再び悟天に視線を戻した。たったそれだけの動作で、悟天には悟飯が意図している事が分かった。そして、悟天は、ゴカンの方を振り向いた。

「ゴカン。この部屋から出て行け。そして、観客席で試合を観ていろ」
「と、父ちゃん。こんな奴の言う事を聞くつもりか?二人きりになったら、何をされるか分からないぞ」
「良いから早くしろ!この場は俺一人で充分だ」

悟天に怒鳴られたゴカンは、控え室の出口に向かった。その途中で足を止め、悟飯の方を振り向いた。

「おい!父ちゃんに何かしたら、俺が許さないからな!」

ゴカンは、捨て台詞を吐き、それから控え室を退室した。悟飯は、ゴカンを見送った後、軽い溜息を吐いた。

「あの子には躾が必要だな。このままだと将来が心配だ」
「そんな事を言う為に二人きりになりたかった訳ではあるまい。さっさと本題に入れ」
「そうだな・・・。悟天。この十年、色々と大変だったな」

悟飯は、悟天に労いの言葉を掛けた。予想外の言葉に呆気に取られた悟天だったが、やがて苦々しく応答した。

「それは嫌味のつもりか?本当に大変だったのは、お前だろ。何年も酷い目に遭わされてきたんだからな。その元凶となったドクター・ハートが死に、今は気分が良いだろ?」
「いやあ、そうでもないさ。あの女には、出来れば生きて裁きを受け、自分の犯した罪を反省し、殺してきた人達に心から謝罪して欲しかった。まあ、あの性格じゃ、銀河刑務所に何万年投獄されようと反省しないと思うが・・・」

ドクター・ハートは、手術によって年を取らない体になっていた。なので悟飯が言う通り、途中で誰かに殺されたりしない限り、何万年も刑務所に収監する事が可能だった。

「話を戻そう。俺が『大変だったな』と言ったのは、お前が精神的に辛い目に遭ったからだ。俺の受けた苦しみは、精神的な部分もあったが、ほとんどが肉体的なものだ。でも、同じ境遇の奴隷達が死んでいく中、俺だけ生き延びれたのは、俺が特別強かったからだけではない。どんな時も自分を見失わなかったからだ。一方、お前は、体を操られていたとはいえ、自らの手でアイスを殺した。俺が同じ立場だったら、お前同様に自分を見失っていたかもしれない」

まず悟飯は、悟天が受けた苦しみを労わり、彼の心情を気遣った。

「お前がおかしくなったのは、一人で全部を抱え込もうとし、それに耐え切れなかったからだ。もしその場に苦しみを分かち合える人が一人でも居れば、自分を見失わなかっただろう」

続けて悟飯は、悟天が豹変した原因を指摘し、周りからの助けが無かったので避けようがなかったと理解を示した。

「ふん。分かっている風な事を言いやがって・・・。その場に居なかった癖に、何が分かると言うんだ?」
「分かるさ。お前が生まれた時、父さんは死んでいた。父さんが生き返るまでの間、俺は、兄としてだけでなく、父としても接してきたつもりだ。常にお前を近くで見てきた立場に居たから、お前の事なら何でも分かる」

悟飯と悟天の繋がりは、悟空と悟天のよりも深い。悟空が生き返った後も、しばらくの間、悟天は、悟空より悟飯の方に懐いていた。悟飯は、誰よりも長く悟天と接してきたから、誰よりも多く悟天の事を分かっている自負があった。

「お前は、悪になったんじゃない。悪を演じているだけだ。どんなに悪ぶっても、本当の悪にはなっていない。その証拠に、トランクスを殺さなかった。ピッコロさんやウーブを殺さなかった。三人とも中途半端に攻撃しただけだ。どんなに傷付けても、生きてさえいれば、後で回復出来ると分かっていたからだ。もしこれがフリーザだったら、問答無用で殺していた」

悟天は、トランクスを執拗に攻撃したが、それは途中で悟空に止めに入って来て欲しかったからである。そして、悟空が自分を妨害しても失格にならないよう、トランクスへの攻撃を試合が終わってからにした。悟空が止めに入ると、すぐに退いた。ピッコロやウーブにも攻撃したが、二人とも殺さないよう手加減した。この三人を死なない程度に痛めつけた本当の理由は、悟空を刺激し、後の試合で自分と全力で闘って欲しかったからだった。

「でも、お前は、父さんとの闘いを経て、随分と変わった。試合前だったら、俺の話を聞こうとすらしなかったはずだ。本当は俺達の元に帰りたいんだろ?しかし、あんな事をしてしまったから、帰るに帰れなくなって困っているんだ」
「黙れ!適当な事ばかり言いやがって!これ以上喋るなー!」

悟天は、感情を抑えられなくなり、思わず悟飯に飛び掛かったが、足を引っ掛けられて派手に転んだ。しかし、すぐに起き上がろうとはせず、四つんばいの体勢になった。そして、両目から涙を流した。

「アイスが死んだ時、俺は、悲しくて辛くて、誰かを憎まないと、その苦しみに耐えられなかった。だから父さんを無性に憎んだ。でも、トランクスに言われる前から気付いていたんだ。父さんは、アイスの死と関係なく、全てはフリーザとセルの陰謀だったと。しかし、父さんを憎む事を止められなかった。俺が弱かったからだ」

遂に悟天は、意地を張るのを止め、本音を語り始めた。

「俺は、取り返しのつかない事をしてしまった。もう地球には帰れない。皆に合わせる顔が無い」
「やっと素直になったな。悟天。お前が迷惑を掛けた人達に謝る意思はあるか?」
「謝りたい。出来る事なら謝りたい」
「そうか・・・。だ、そうだぞ、皆!」

悟飯が部屋の出入り口に向かって叫ぶと、何とトランクス・ピッコロ・ウーブが中に入ってきた。この三人は、気を消して先程出て行ったゴカンに見つからず、悟飯と悟天の会話が聞こえる位置で待機していた。そして、悟天の前に立った。

「済まなかった、トランクス。君には酷い事をしてしまった。好きなようにしてくれ」

悟天は、気を限界まで下げた。この場でトランクスに殺されても構わなかった。勿論、トランクスがそんな事をするはずなかった。トランクスは、悟天を殴る代わりに抱き付いた。

「この馬鹿野郎!心配させやがって。良いか?俺が許せないのは、たった一つだけだ。それは、お前が俺より強くなり過ぎてしまった事だ。すぐに追いつき、また追い越してやるからな」
「済まなかった。済まなかった」
「もう良い。もう謝るな」

悟天とトランクスは、しばらく抱き合っていた。それが終わった後、悟天は、ピッコロとウーブにも謝った。

「ピッコロさん。ウーブ。申し訳ありませんでした」
「もう良いですよ、悟天さん。顔を上げて下さい」
「悟天。お前が本当に謝るべき相手は、俺達じゃない。悟空だ。悟空に謝れ」
「はい。分かりました」

悟天は、中々泣き止まなかった。

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