其の百五十二 無言のプロポーズ

悟飯とレードの闘いは、レードの辛勝で幕を閉じた。そして、かなりのエネルギーを消費したレードは、メディカルマシーンの中に入って回復を始めた。本来なら試合と試合の間のインターバルは十分だが、そんな短時間でレードの回復は終わらない。そこで決勝戦の開始は、レードの回復が終わるまで延ばす事になった。

レード側の控え室では、ドクター・ハートが苛立っていた。彼女が最も殺したいと思っていた悟飯が死ななかったからである。

「バージョン4の力を持ってしても孫悟飯を殺せないなんて!何てタフな奴なの!」
「孫悟飯が常識を超えるタフさを身に付けたのは、お前達の長年に渡る拷問によるものだ。孫悟飯を憎む前に、自分達の所業を反省するべきだ」
「五月蠅いわね!あなたは、どちらの味方なの!?」

ドクター・ハートが苛立ってるのを見兼ねた孫悟天が彼女を諫めたが、却って逆効果だった。更にドクター・ハートは、先の試合で悟天が負けた事を再び罵ったが、それを悟天は、軽く聞き流し、話題を変えた。

「先程のレード様は、ジンの能力や、ロボベジットの技と力を持っていた。もしやレード様は、ドクター・ブレインの様にもなれるのか?人を病気にして殺すとか・・・」
「これまでの経緯を見れば、そう思うのも仕方ないわね。勿論ドクター・ブレインが自らの体に施したのと同じ改造を、レードにもする事が出来た。でも、レードには使いこなせないと思い、断念したわ」

ドクター・ブレインは、自らの体をサイボーグに改造する前に、どのように改造するかという設計図を作成していた。ドクター・ハートは、その設計図を見て改造方法を知っていた。

「ドクター・ブレインは、他人を病気にする為、体内に数多の病原菌を蓄えた。でも、それは自分自身も病気になる可能性がある諸刃の剣だった。それでも医学の知識があったから、病気になっても直ちに治せるので問題無かったのよ」

ドクター・ブレインは、ミレニアムプロジェクトを開始する前から医学の造詣が深かった。そして、ミレニアムプロジェクトが開始された後も、医学に関する新たな知識の習得を怠らなかったので、自分自身がどんな病気になっても直ちに治せる絶対な自信があった。だからこそ自分自身をサイボーグに改造する際、体内に危険な病原菌を多数蓄えても平気だった。

「しかし、ドクター・ブレインと違い、レードには医学の知識が無いから、自分が病気になっても治せない。その知識は簡単に習得出来ない。また、体のどの部位に、どんな影響を与えれば病気になるかの知識も簡単に覚えられない。どうすれば病気にさせ、どうすれば治せるかも知らないなら、ドクター・ブレインの能力を持たせられないわ」

ドクター・ブレインの能力は、非常に強力だが、それはドクター・ブレインだからこそ使いこなせた。レードにドクター・ブレインの能力を具えさせても上手く使いこなせず、しかも自滅する危険があるので、ドクター・ハートは、その改造をレードに施さなかった。これはレードの体を気遣ったからではなく、悟空達を殺す前にレードに死なれたら困るからだった。ドクター・ハートにとっては、レードも駒に過ぎなかった。

悟天は、ドクター・ハートの話を聞き、少しだけ安心した。もしレードにドクター・ブレインの能力があれば、決勝戦で悟空が死ぬ可能性が相当高くなるからである。レードには他にも恐ろしい能力があるので、必ずしも悟空が安全だという訳ではないが、それでも悟空が生き延びる可能性があるのが救いだった。

この時、悟天は、自分の心境の変化に気付いて驚いた。あれだけ悟空を殺そうと思っていた自分が、今は悟空の身を案じていた。悟空を憎もうと思っても、何故か憎めなかった。それが何故なのかは分からないが、悟天の悟空に対する殺意が薄れていた、もしくは失われていたのは確かだった。

悟空に対する蟠りが薄れた今、悟天にはやりたい事があった。それはアイスの墓参りだった。悟天は、アイスを埋葬した後、悟空を殺す為の修行に夢中になり、余り墓参りをしていなかった。ゴカンも同様だった。レードの回復に時間が掛かり、すぐに決勝戦が行われないなら、その時間を利用して墓参りをする事にした。そして、ゴカンを連れて会場を出て、アイスの墓まで飛行した。

悟天親子が居なくなり、唯一控え室に残ったドクター・ハートは、独り言を呟いた。

「孫悟空は、準決勝の試合を経て、更に強くなったはず。これによって決勝戦で超サイヤ人6に覚醒する確率は、私の見立てでは九十八パーセント。そうなると、レードのバージョン4と互角に渡り合えるか、それを上回る力を得るかもしれない。でも、レードのバージョン5なら、超サイヤ人6になった孫悟空でも勝てない。レードの勝利は間違いないわ。その後は孫悟空の仲間達は無論、孫悟天も殺さないといけないわね」

ドクター・ハートは、悟天の心境の変化に気付き、悟天を殺しておかなければならないと思った。

一方、二人並んで飛行していた悟天とゴカンは、小高い丘の上に降り立った。その丘には一つの墓があった。それがアイスの墓だった。しかし、悟天とゴカンが注目したのは、墓ではなく、その前に置かれている物だった。アイスの墓の前に、何故か薔薇の花束が置かれていた。

「この薔薇は最近になって供えられた物のようだ。まだ枯れてないからな」
「父ちゃん。墓に薔薇なんておかしくない?普通は菊か百合じゃない?これじゃあ、献花というよりプロポーズだよ。誰が供えたのか知らないけど、常識を知らないんじゃないの?」
「そうかな?本当にプロポーズのつもりでバラを供えたかもしれないぞ」
「えー。母ちゃんは死んでるし、何より父ちゃんが居るんだよ。意味が分からない」

ゴカンは、鼻で笑ったが、悟天は、真顔だった。

「この薔薇を供えた人は、アイスに告白したくても出来なかったんだ。それが出来ない立場だった。だからアイスが死んでから告白したんだ。アイスが返事が出来ないから」
「それって爺ちゃんの部下の誰かかな?母ちゃんは、美人だから人気あったろうし。でも、爺ちゃんが怖くて告白出来なかったのかな?だから今になって告白してると思うんだ。あー!もう!誰が供えたんだ!?気になるー!」

ゴカンは、誰がバラの花束を供えたのか分からず、地団駄を踏んでいた。一方、悟天は、少し離れた場所に分散して立っている五人の男達に注目した。その男達は、戦闘服を着ていたのでレードの部下に間違いないが、墓を囲む形で立っているのが変だった。悟天は、その内の一人の男の元まで歩いた。

「おい。こんな所で何をしている?」
「わ、私は、レード様に命じられて、アイス様の墓に不振人物が近付かないか見張っていました。他の四人も同じです」
「墓を守る番人という訳か・・・。疑って悪かったな」

アイスの墓は、至って質素で、何か価値ある物が一緒に埋められている訳ではなかった。それに、アイスの墓を荒らせば、レードの怒りに触れて殺されるのが明白だった。そんな命知らずが惑星レードに居るとは思えなかった。それなのに五人もの部下に護衛をさせるのは、レードがどれだけ墓を大事にしているかを物語っていた。

「墓を見張っていたなら、誰が墓に近付き、薔薇の花束を供えたのか見ていたのか?」
「はい。その方が誰なのかは口止めされてるので言えませんが、つい先程も薔薇の花束を供えてました。そして、しばらく墓の前で腰掛けてました」
「そうか・・・。その人は、今回に限らず、何度も薔薇の花束を供えてたのか?」
「はい。頻繁に訪れ、その度に供えてました。枯れた薔薇は私達が処分してました」

悟天とゴカンは、余り墓参りに来てなかったから知らなかったが、墓前には常にバラの花束が供えられていた。

「これからも引き続きアイスの墓を頼む」

悟天は、男に軽く頭を下げた。そして、ゴカンと共に墓に手を合わせ、それから宇宙一武道会が行われている会場まで飛行した。悟天親子がレード側の控え室に入ってから五分後にレードの回復が終わり、すぐに悟空とレードの登場を促すアナウンスが流れた。悟空とレードは、闘技場に姿を現し、中央部で向かい合った。

「おめえとは長い付き合いだったけど、ようやく対決の時が来たな。出来ればサイボーグじゃなく、生身のおめえと闘いたかった」

サイボーグに改造されると、どうしても本来の力とは別の不純な要素を取り込んでしまう。悟空は、互いに生来の体で、これまで培ってきた技量だけで競い合う純粋な勝負をしてみたかった。

「孫悟空。お前とは幾度も共闘してきたが、俺達が心を通わせ合う事はない。俺達は、生まれる前から闘う運命にあった」
「つまりそれは、フリーザが惑星ベジータを滅ぼした時から、オラとおめえが闘う事が決まっていたと言いたいのか?だったら、それがなかったら、オラ達が闘う事は無かったのか?」
「親は関係ない。共に最強を目指す者同士。遅かれ早かれ闘うのは避けられなかった」

レードに悟空を憎む気持ちは無かった。ただ自分の前に立ちはだかる壁として倒すつもりだった。悟空にもレードを憎む気持ちは無かった。そして、出来ればレードを殺したくなかった。これが殺し合いではなく、純粋に優劣を競い合う武道会であれば良かったのにと心の底から思っていた。

「なあ。もしオラ達が違う出会い方をしていれば、仲間になれたと思うか?」
「何を馬鹿な事を・・・。俺達が仲間になるはずあるまい。お前は平和を守る者。俺は平和を乱す者。これでは仲間になる道理が無い。これまでは共通の敵が居たから、仕方なく一緒に闘っていただけだ。まあ、お前が悪として育っていれば話は別だがな」
「あるいは、おめえが善として育っていればだ。そうなって欲しかったけどな」

二人の話し合いが済んだ所で、遂に決勝戦の開始を告げるアナウンスが流れた。

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