其の百四十四 宿命の決死戦

ハートボーグ五十八号を倒して準決勝進出を決めた悟飯は、悟空達が居る控え室に戻った。しかし、誰からも勝利を褒め称えられなかった。悟飯自身もまた、勝利を喜んでいなかった。悟飯の勝利が当然だと皆が思っていたからではない。誰もが次の試合の事で頭が一杯になり、悟飯の勝利を称賛する余裕が無かった。

悟空は、胡坐を搔き、腕を組みながら、目を閉じて瞑想していた。その悟空にチチが近付いてきた。泣き過ぎて目が腫れていたチチは、悟空に何かを伝えたそうだったが、その何かを恐れて口に出せなかった。悟空は、目を開き、チチが話し出すのを静かに待った。しばらく沈黙が続いた後、チチは、意を決して口を開いた。

「悟空さ・・・お願いがあるだ・・・」

チチの声は、か細かった。その場に居る全員が悟天を元に戻して欲しいと頼むつもりだろうと思っていたが、次のチチの言葉に一同に意表を突かれた。

「悟天を・・・殺してけれ」

母親が腹を痛めて生んだ我が子の死を望むはずがない。決して望んではならない。ましてやチチは、人一倍子煩悩な母親である。そのチチが悟天を殺すよう悟空に頼んだのである。幾ら悟天が豹変してしまったからとはいえ、チチの言葉とは到底思えなかった。チチは、涙を流しながら話し続けた。

「悟天が元に戻ってくれるのが理想だが、それは叶えられそうもねえ。しかも悟天は、悟空さを殺した後、宇宙を滅ぼすとまで言っただ。それだけは絶対にさせちゃなんねえ。ならば悟天が取り返しのつかない事をする前に、悟空さの手で悟天を殺してけれ。それが悟空さが親として出来る最後の務めだぞ」

悟空に悟天の殺害を依頼したチチだが、それがチチの本心からの願いでない事は明らかだった。事実、チチは、忌まわしい言葉を吐いた自分の舌を噛み切りたかった。そして、悟空にはチチの悲痛な思いが痛い程良く分かった。しかし、チチに何と言って返事をすれば良いか分からなかった。

ところが、悟空が悟天を殺す事を危惧した悟飯は、慌てて話に割り込んで悟空に尋ねた。

「父さん!本気で悟天を殺すつもりですか?」
「・・・さあな。そうなるかもしんねえし、その逆だってありうる。もしオラの身に何かあったら、後の事は任せたぞ。悟飯」

この悟空の言葉には、悟飯だけでなく、ベジータやピッコロまでもが唖然とした。悟空が弱気な発言をするのが珍しかったからである。この三人は、悟空が次の試合で負けるんじゃないかとさえ思った。

一方、別の控え室では、悟天がドクター・ハートから恐ろしい提案を受けていた。

「何だ?これは?」

悟天の手元には、ドクター・ハートから手渡された金の輪があった。見た目は何の変哲も無い輪であった。

「これはあなたが本気で親を殺せるかどうかを試す為の物よ。これを頭に嵌めると、目の前に立つ人間を標的と見なす。そして、その標的が時間内に死なないと、輪の内側から刺が飛び出し、頭を串刺しにするわ。つまり輪を頭に嵌めたら、時間内に孫悟空を殺さないと、刺に頭を串刺しにされ、あなたが死ぬ事になるわ。そして、一度輪を頭に嵌めた後で、無理に外そうとすれば、その時も刺が飛び出す仕組みになっているわ」

武道会のルールでは、対戦相手を殺しても反則にならないが、殺さないでも勝敗は決まる。悟天は、悟空を殺すと再三述べていたが、いざとなったら殺せないかもしれない。ドクター・ハートは、その逃げ道を封じ、次の試合で間違いなく悟天に悟空を殺させる為、恐怖の輪を用意した。しかし、悟天は、了承しなかった。

「孫悟空は必ず殺す。余計な事をするな!それに、この輪が正常に機能するかどうか怪しい。俺が孫悟空を殺しても、輪から刺が飛び出して死ぬかもしれない」
「正常に動くと保証するわ。それに、私だって命懸けなのよ。もし実際に孫悟空を殺しても、輪が誤作動してあなたを殺したら、怒ったあなたの息子が私を殺すでしょうね。レードだって私を許さないはずよ。孫悟空の生命反応が途絶えると、輪は自然に頭から外れるわ」

ゴカンは、未だメディカルマシーンで治療中であり、今の二人の会話を聞いていない。しかし、見慣れない輪を見て、それがドクター・ハートに手渡された物だと気付くだろう。

ドクター・ハートの周囲には、彼女を護衛するロボットやサイボーグが何体も居るが、ゴカンはまだしも、ブロリーの足元にも及ばない程度の力しかない。また、この会場には宇宙船が置いてない為、すぐに逃げられない。ならば悟天が悟空を殺しても輪が誤作動して死ねば、ゴカンがドクター・ハートを殺す可能性が高い。仮にゴカンが殺さなくても、レードが殺す。悟天は、ドクター・ハートが命懸けであると言った意味を理解した。

「お前の覚悟は分かった。ところで、どうやって生命反応が途絶えたと、この輪は判断するんだ?」
「心音が止まる事を認識したらよ。本当はあって欲しくないけど、体をバラバラした時も、死んだと見なされて輪は外れるわ」

輪は対戦相手の心音だけを内部に搭載された高性能の集音マイクで常時測定する。標的は必ず一人だけに設定されるので、他の人間の心音を測定しない。そして、心音が途切れれば、対戦相手の生命反応が止まったと判定する。死体があれば心音が止まったかどうかの測定が可能だが、死体が残らなければ、標的が見つからないので測定が不可能になる。しかし、その時は周辺の広い範囲に渡って標的を捜索し、生死を判別する仕組みになっていた。

「言っておくけど、輪を嵌める事を強制しないわ。私には、あなたに命令する権限が無いからね。どうするかはあなたの自由よ」
「俺を舐めるな。こんな輪など恐れはしない」

悟天は、頭に輪を嵌めようとしたが、ドクター・ハートが慌てて制止した。

「今、嵌めれば、私を標的と見なすでしょ!嵌めるのは、孫悟空と向き合った時よ」
「そうだったな。すっかり忘れていた」
「もう!驚かせないでよ!ちなみにタイマーは一時間に設定しておいたから、輪を嵌めたら一時間以内に孫悟空を殺してね」
「一時間も要らん。三十分で充分だ」

やがて試合で闘う二人の出場を促すアナウンスが流れた。悟空は、色々な思いを抱えながら、闘技場までの通路を歩いた。十年前、味方が敵となって自分の前に立ちはだかると人相見の男に予言された。その後、未来の映像が見える父バーダックから、自分の息子と思われる人物と殺し合いをすると言われた。その二つは、これから行われる試合の事を指していると感じていた。ならば悟天との死闘は前から決まっていた事、つまり宿命だったと言える。

悟空が闘技場に姿を見せると、少し遅れて悟天も現れた。そして、悟天の手には輪が握られていた。二人は、闘技場の中央で向かい合った。互いの表情に笑顔は無かった。

「孫悟空。俺を殺すつもりで掛かって来い。そうでなければ、こちらも殺し甲斐が無い」
「悟天。オラを殺す事に後ろめたさはねえのか?」
「そんなものは微塵も無い」
「そうか・・・。ならば言う事は何もねえ!おめえに殺される訳にはいかねえ!おめえがオラを本気で殺すつもりなら、オラは全力で阻止するまでだ!」

悟空の叫びに対して悟天は、鼻で笑いながら、手に持っていた輪を頭に嵌めた。輪はきつくない程度に悟天の頭を締め付け、固定された。これでは輪が不意に外れる事はないと思った。そして、遂に運命の試合開始のアナウンスが流れた。

悟空と悟天は、共に身構え、十秒以上一歩も動かなかった。先に動いたのは悟空だった。悟空は、悟天に殴り掛かったが、悟天は、片手で受け止めると、即座に殴り返そうとしたが、悟空も片手で受け止めた。悟空は、蹴りを繰り出したが、悟天は、後方に退いて蹴りを避けた。その後すぐに勢いよく突進し、悟空の額に肘鉄を喰らわせた。続けて悟空の背後に回って背中を蹴飛ばした。悟空は、吹っ飛ばされたが、着地して後ろを振り向いたが、既に悟天の姿は無かった。

「何処を見ているんだ?」

悟空が見上げると、悟天が腕を組んで上空に浮かんでいた。悟空は、上空に向けて気功波を放ったが、悟天は、気功波を避けつつ急降下し、悟空の頭部を膝蹴りした。悟空がバランスを崩している間に悟天が着地し、悟空の腹部を殴った。悟空は、痛みに耐え切れずに膝を突いた。悟天は、悟空を追撃する絶好の機会にも拘わらず、再び腕を組んで溜息を吐いた。

「孫悟空の実力は、この程度か?これではトランクスと大して変わらんな」

悟空は、まだフルパワーで闘っていなかった。しかし、油断していなかった。悟空が序盤から劣勢なのは、悟天が悟空の予想以上に強かったからである。悟空の背中に冷たい物が流れた。

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