其の百四十三 本物と偽物の違い

悟空との試合に敗れたゴカンは、泣きながら控え室に戻ってきた。しかし、控え室に居た悟天は、ゴカンの健闘を称える所か、大声で怒鳴りつけた。

「喚くなっ!静かにせんと、首の骨をへし折るぞ!」

ゴカンは、悟天の怒声に驚き、慌てて泣くのを止めた。悟天がゴカンを叱るのは、大変珍しかった。甘やかしているのではない。修行に夢中で、余り構っていなかった。

「孫悟空は、俺が殺す。お前は、メディカルマシーンで回復してこい」

悟天は、ゴカンとの接し方が分からなくなっていた。ブロリーが自分の子供として生まれ変わった事を知ったからである。この衝撃の事実に、少なからず動揺していた。しかし、次の自分の試合に支障を来たす訳にはいかないので、ゴカンを遠ざけたかった。

ゴカンは、回復の為に退室したが、それと入れ替わりにドクター・ハートとハートボーグ五十八号が控え室の中に入ってきた。そして、前の試合で切断された五十八号の左腕は、元通りに接合されていた。

それから間も無くして、アナウンスが流れた。アナウンスの内容は、ベジータとレードの試合の予定だったが、ベジータが棄権した為、レードの不戦勝を告げるものだった。続けて、悟飯と五十八号の登場を促すアナウンスが流れた。五十八号は、控え室から出て行こうとしたが、ドクター・ハートが呼び止めた。

「待ちなさい、五十八号。これを持って行きなさい」

ドクター・ハートは、五十八号に小瓶を手渡した。その小瓶の中には液体が入っていた。

「ピンチになったら、これを飲みなさい」
「これは何ですか?」
「薬よ。これを飲めば劇的にパワーアップするわ。あなたは強いけど、相手が相手だから、用心に越した事は無いわ。これを飲めば、間違いなく孫悟飯に勝てるわ」

五十八号は、小瓶をズボンのポケットの中に入れ、それから退室した。そして、闘技場に姿を現すと、既に悟飯が待っていた。

「俺のクローンか・・・。どうせ大勢の人達を殺す為、ドクター・ハートの手によって生み出されたのだろう」

悟飯は、今日初めて五十八号に会ったが、その人物像については悟空達から事前に話を聞いていた。そして、五十八号に対して少なからず嫌悪感を抱いていた。自分が悪に立ち向かう為、必死になって鍛えた力を悪用されたからである。

「この世に孫悟飯は二人も要らない。お前を倒し、俺が唯一の孫悟飯になってやる」
「それは無理な話だ。同じ孫悟飯でも、俺と貴様とでは潜り抜けてきた修羅場が違う」

試合開始のアナウンスが流れた。双方同時に飛び掛かり、互いに右の拳で相手の左頬を殴った。続いて両者共に左の回し蹴りをし、相手の右の頬を蹴った。二人とも攻め方が一緒だった。この後も、まるで鏡に映った自分自身と闘っているかの様に、悟飯と五十八号が同じ動きをして闘った。

闘いが進むと、次第に悟飯が優勢な展開に推移していた。闘い続けた五十八号に疲れが見られ、動きが鈍っていた。対する悟飯は、呼吸すら乱れていなかった。五十八号が繰り出した三連続攻撃は、どれも悟飯に当たらず、お返しに出した悟飯の三連続攻撃は、全て五十八号に命中した。苦し紛れに出した五十八号のかめはめ波は、悟飯に容易く弾き飛ばされた。そして、悟飯から何度も殴られ、五十八号は倒れた。

「な、何故だ!?どうして勝てないんだ!?あんなに修行したのに・・・」
「修行したのは俺も同じだ。肝心なのは、どう修行したかだ。どうせ大した修行をしていないだろう。貴様を見れば分かる。貴様は、ピッコロさんに修行してもらう前の俺なんだ。どうせ一時間かそこらで修行を止めてただろう。俺は、昼間は無論、夜も寝る間を惜しんで修行していたぞ」

五十八号は、言い返せなかった。悟飯の指摘が当たっていたからである。一人で修行していた時は、一日一時間程度で終えていた。それ以前の悟天と組み手をしていた時は別だが、「疲れた」と言って途中で止めようとし、悟天に何度も引き止められた。それに引き換え悟天は、五十八号との組み手をした後も、一人で黙々と修行していた。

「ど、どうして俺が一時間位しか修行していないと見抜けたんだ?」
「俺とお前の決定的な違いは、人生経験だ。今まで生きてきた中で、一度でも大変な目に遭った事があるか?死に掛けた事があるか?恐らくあるまい。そういう経験が無いから、貴様の精神力は弱いままなんだ」

五十八号は、悟飯のクローンなので、悟飯の体に培われた闘いの経験や力を、初めから与えられた状態で生まれた。しかし、頭の中身までは受け継がなかった。五十八号が産み出された時、頭の中身は産まれたての赤ん坊と同じだった。知識は教わって身に付けたが、精神力は教わって身に付くものではない。しかも辛い目に遭った経験が無い為、これまで精神力は一切鍛えられなかった。

「修行は辛くて苦しい。それを長く続けるには、強い精神力が必要だ。それが無い貴様が長い時間も修行するはずがない」
「で、では、孫悟天は、どうなんだ?奴も精神力が強いのか?」
「悟天の場合は違う。あいつを突き動かしているのは憎悪だ。父さんに対する激しい憎しみを糧に辛い修行にも耐え、急激にパワーアップした」

悟飯は、悟天や五十八号が修行する場面を実際に見ていないが、その様子を手に取るように分かった。

五十八号は、このまま闘っても、悟飯に勝てないと悟った。そこで試合前にドクター・ハートに手渡された小瓶をポケットから取り出し、中の液体を飲み干した。すると、訳も分からず怒りが込み上げてきた。顔が真っ赤になり、額には血管が浮き出てきた。何の恨みも無いはずなのに、何故か悟飯を無性に憎らしくなった。

五十八号は、叫びながら悟飯に襲い掛かってきた。対する悟飯は、五十八号のパンチを避けつつ、カウンターで五十八号を蹴った。しかし、五十八号は、すぐさま悟飯の頭髪を掴み、胸部を膝蹴りした。更に悟飯の横っ面を叩いた。そして、吹っ飛ばされた悟飯に無数の気功波を放ってきた。

悟飯は、上空に飛び上がって気功波の雨を逃れたが、五十八号が追ってきた。そして、追いつかれ、床に叩き落された。更に五十八号は、倒れている悟飯に向かってかめはめ波を放った。悟飯は、斜め上空に飛んでかめはめ波を避けたが、五十八号が尚も迫ってきた。

「何なんだ!?この五十八号のしつこさは!?まるで人が変わった様だ」

悟飯は、五十八号の頭突きを喰らい、市街地まで吹っ飛んだ。すぐに立ち上がって闘技場に戻ろうとしたが、その前に五十八号が襲い掛かって来て、市街地で乱戦となった。逃げ回る住民が気になって闘いに集中出来ない悟飯は、五十八号から立て続けに攻撃を喰らった。

一方、控え室では、悟天がドクター・ハートに尋ねていた。

「五十八号が飲んだ薬は何だ?あれを飲んで以来、五十八号の様子が激変したぞ」
「小瓶の中身は興奮剤よ。それを飲むと、怒りが最高潮に達するの。怒りをパワーに変える五十八号には、うってつけの薬でしょ?しかも効果は一生続くわ」
「最高潮に達した怒りが、ずっと続くだと?それでは体が持たないだろう」
「別に良いじゃない。五十八号が死んだって」

ドクター・ハートの思いがけない台詞に、悟天は唖然とした。

「どういう意味だ?五十八号は部下だろう。それも、お前には勿体ない位に忠実な」
「ふん。五十八号は、憎き孫悟飯のクローンだから、本当は顔を見るだけで腹が立ってくるのよ。この試合は共倒れが理想ね」

ドクター・ハートに見捨てられたとは露知らず、五十八号は、孤高に闘い続けた。そして、五十八号の一方的な展開が続いた。戦場は再び闘技場に戻ったが、五十八号の途切れない攻撃の前に、悟飯は防戦一方だった。しかし、悟飯の気は全く衰えなかった。むしろ攻勢の五十八号の方に異変が見られた。額に浮き出た血管が破裂して顔中が血だらけになり、体は小刻みに震えていた。目付きは虚ろになり、奇声まで発するようになった。

「哀れな操り人形め。俺が楽にしてやる」

悟飯は、機を見て反撃に出た。まず五十八号の腹部を殴り、五十八号を吐血させた。次に側頭部を蹴り、五十八号をよろけさせた。更に腕固めをし、五十八号の右腕を骨折させた。そして、五十八号の左胸に手を置き、気功波を放って心臓を吹っ飛ばして即死させた。この直後に悟飯の勝利を告げるアナウンスが流れた。

悟飯は、五十八号の死体を拾って上空に放り投げ、エネルギー波を放って消滅させた。蘇生され、再び悪事に手を染めるのを防ぐ為だった。

「自分で殺しておいて言うのも何だが、人が死ぬ試合は、これきりにしたいものだ。特に次の試合はな・・・」

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