悟空と天津飯が久方振りに対峙した。この二人は、天下一武道会での試合の他に、猪鹿蝶の一件でも拳を交えた事があり、これまで三回も対戦した。勝敗が付いたのは天下一武道会の試合のみであるが、対戦成績は一勝一敗。どちらも勝ち越す為には、絶対に負けたくない一戦であった。
悟空との勝負に先立って天津飯は、魔術を使って一時的に二十代の体に若返った。若返ったと言っても、強さまで当時に戻った訳ではなかった。力を維持したまま肉体を若返らせて、長時間闘える体力を得る為に術を使用した。かつてベジータが闘った元魔王アーブラが使ったのと同じ術であるが、天津飯は悟空との闘いに備え、この術を会得していた。
若返った天津飯は、羽織っていたマントを脱ぎ捨てた。天津飯の首から下を完全に覆っていたマントの下は、上下とも肌色の胴着だった。胴着ばかりでなく、リストバンドや靴まで肌色だったので、悟空は天津飯が丸裸になったのかと一瞬だけ思った。
「天津飯。変わった色の服を着てるな。一瞬、裸かと思っちまったぞ」
「これは特殊な胴着でな。着ている者の肌と同じ色に変色する。闘いの最中に裸になる訳にはいかないからな。色が変わる以外は普通の胴着だ。特別な防御力は無い。他も全て同じだ」
「裸になる訳にはいかないだと!?どういう意味だ?」
「すぐに分かる。行くぞ!悟空!」
天津飯の体が徐々に薄れてきた。同時に身に着けていた衣類も薄れてきた。やがて天津飯の姿が完全に見えなくなり、同時に気配まで消えたので、悟空は、天津飯が何処に居るのか分からなくなった。しかし、慌てず騒がずに落ち着いて、天津飯の次の出方を待った。
真上から天津飯が攻撃を仕掛けてきたが、悟空は冷静に躱せた。今度は左右両側から天津飯が攻撃してきて、それを防いだ悟空だったが、ほぼ同時に足元からも攻撃され、それは喰らってしまった。悟空がバランスを崩すと、それに追い討ちを掛けるように背中を蹴られて吹っ飛ばされた。
悟空は、すぐに着地したが、見えない攻撃に戸惑いを隠せなかった。慎重に辺りの様子を窺っていると、正面から天津飯の声が聞こえてきた。
「どうした、悟空?この程度で苦戦してもらっては困るぞ」
「裸になる訳にはいかないと言った意味が、ようやく分かった。まさか透明人間になっちまうなんてな。それに、また四人になってるな。そして、四人全員が気を消し、攻撃する直前にだけ気を高めている」
「そうだ。ちなみに俺が使っているのは変色拳。変色拳で体の色を透明にした」
天津飯は、変色拳を習得していた。そして、色は無色透明を選んだ。肌の色を透明にして透明人間になれば、悟空の視界に自分の姿が映らない。しかし、体が透明になっても、着ている服まで透明になる訳ではないので、通常なら服で自分の居場所が悟空に分かってしまう。ところが、肌の色と同色になる胴着を着る事により、服を着たままでも、悟空には自分が何処に居るのか目視で確認出来なくなった。
また、天津飯は、気を零にまで抑え、気配を完全に消した。気を読める悟空を相手に姿を消しても、気で自分の位置が特定されてしまう。その為に気を抑えたが、気を抑えたまま攻撃しても勝利に繋がる有効な一撃にならない。そこで攻撃する直前にのみ気を高めていた。そして、攻撃を終えると、またすぐに気を消した。
更に天津飯は、完璧な四身の拳も会得していた。これにより、能力を四分の一に下げずに四人になる事が可能となった。悟空ほどの達人なら、透明な天津飯が攻撃の為に気を高めた瞬間を見逃さずに反撃出来る。しかし、これを四人同時にされては、いかに悟空でも一人ずつ対処するのが難しくなる。
その後も四人の見えない天津飯が容赦無く悟空を攻撃した。悟空は、攻撃される直前まで天津飯一人一人が何処に居るのか分からないので自分から攻められず、必然的に防戦一方となった。何度も攻撃を受けたが、そのダメージも決して小さくなかった。全ての攻撃が不意を衝いたものなので、防御出来ないせいもあるが、何より天津飯が以前に比べて相当強くなっていた。天津飯は、技の修練だけでなく、通常の修行も熱心にやっていた。
しかし、このまま終わる悟空ではなかった。悟空は、周囲に衝撃波を出して天津飯を吹っ飛ばした。パンチやキックといった直接攻撃は無理でも、周囲を吹き飛ばす間接攻撃なら相手の位置が分からなくても問題無い。周りに仲間が居るので、彼等に配慮して力を抑えた衝撃波しか出せないが、今は反撃の糸口になるだけで充分だった。
「透明人間になって四人になって気を消しても、それだけじゃオラに勝てねえぞ」
「今の攻撃だけで、もう勝った気でいるのか?だとしたら甘いぞ、悟空。もう一度やってみろ」
挑発に乗った悟空は、再び周囲に衝撃波を放った。ところが、衝撃波は倍の威力になって自分に返ってきた。四方から衝撃波を受け、思わず蹌踉けた。
「い、今、何をした?何でオラの攻撃が返ってきたんだ?しかも、より強くなって・・・」
「気功倍返し。今の俺に気功波の類を使わない方が良い。全て倍の力にして返すからだ」
かつて天津飯が天下一武道会でヤムチャと対戦した際、ヤムチャのかめはめ波を天津飯が印を結んで跳ね返した事があった。それを更に発展させた天津飯は、気功波を倍の力にして跳ね返す事が可能となっていた。
悟空は、四方向から倍の威力となった衝撃波を喰らった。もっとも悟空が出したのは威力の弱い衝撃波だったから、倍になっても然程大きなダメージを受けなかった。
「仕方ねえ。肉弾戦で勝つしかねえな」
悟空は、すぐに頭を切り替え、天津飯の声がした方向に向かって突進した。まだ天津飯がその場を離れていなかったので、悟空は天津飯の左手首を掴めた。すぐさま残り三人の天津飯が捕らえられた天津飯を解放させる為に悟空を攻撃したが、それに耐えた悟空は、捕らえている天津飯を攻撃した。攻撃を受けた天津飯は、気を失って変色拳が解けた。
悟空を攻撃していた三人の天津飯は、捕らえられた天津飯が攻撃を受けた時、その場から悟空に気取られないように離れていた。そのまま攻撃を続けていたら、悟空に一人ずつ捕まって倒される事が分かっていたからである。
三人の天津飯が動かないので、悟空は、わざと無防備な状態になり、攻撃されるのを待った。攻撃されれば即座に捕らえ、反撃して倒すつもりだった。攻撃された直後なら、姿が見えなくても居場所が分かる。正に肉を切らせて骨を切る戦法だが、大きな痛手にならなかった。天津飯からの攻撃で受けるダメージは、決して小さくはないが、大きくもないからである。天津飯の攻撃に耐えられると分かった悟空は、敢えて自分の身を危険に晒した。
対する天津飯は、この悟空の作戦を見抜いていた。しかし、打開策を思い付かなかった。気功砲の様な技を使って攻撃しようとすれば、技を出す前に気を溜める必要があるので、それで悟空に自分の居場所を悟られてしまう。居場所が知られれば、すぐに悟空に来られて倒されてしまう。かと言って、三人で一斉に攻撃しても、悟空を倒せず、逆に一人ずつ倒されるのが目に見えていた。透明人間でいるメリットが無いと判断した天津飯は、変色拳を解いて姿を現した。
「もう透明人間は終わりか?その方が良いかもな。姿を消す作戦は見事だったけど、それだと気を消さなくちゃならねえ。攻撃する直前に気を高めても、一気にフルパワーになる訳じゃねえ。本気で闘えねえのが、そいつの弱点だな」
天津飯が気を溜め始めてからフルパワーになるまで、どんなに急いでも数秒は掛かる。悟空なら、その数秒の間に天津飯を倒す事が出来る。だから天津飯は、一瞬で高めた力でしか攻撃出来なかった。しかし、その力では悟空を倒すには物足りなかった。幾ら修行して強くなったと言っても、まだ悟空との差は大きかった。自分より強い者を不意打ちとはいえ、加減した力で攻撃を続けても勝つまでには相当な時間が掛かる。その間に逆に倒される可能性の方が高い。
天津飯は、変色拳だけでなく、何故か四身の拳も解いて元の一人に戻った。
「一人になっちまうのか?オラが見た所、四人になっても能力まで四分の一になってねえ。だったら一人で闘うより、四人で闘った方が良いはずだ」
「悟空よ。俺の心配をするより自分の心配をしろ。今までのは小手調べで、ここからが本当の勝負だ」
「もっと凄い技をあるんだな?やっぱ天津飯との闘いは楽しいな」
悟空も天津飯も、彼等を見守る双方の仲間達も、闘いに夢中だった。だから二人を見つめる怪しげな視線に、この時点では誰も気付いていなかった。
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