大魔王就任記念式典の終了後にリマは、次々と新政策を打ち出した。その一つが罪人をリマ自らが裁くというものであった。その為、リマが住む城には大勢の罪人が護送されてきた。
この日も玉座に座るリマの前に一人の罪人が引き摺り出されてきた。罪人は、体を縄で縛られ、何の抵抗も出来ない状態であった。リマは、罪人を引き摺ってきた兵士に尋ねた。
「こいつは、いかなる罪を犯した?答えろ」
「はっ。この者は、リマ様に仕える近衛兵でありながら、式典の最中に鼻糞を穿っていました。偶然見かけた他の近衛兵の手により、不届き者として取り押さえられました」
「俺の記念すべき式典の最中に鼻糞だと!?・・・ゆ、許せん!死刑だ!」
「ひいっ!お、お助けを!つい出来心で・・・」
リマは、罪人の言い分に耳を貸さず、右手の平を罪人に向けた。すると罪人の全エネルギーが球状になって体外に出、リマの右手の平に吸い込まれていった。リマが使ったのは、魔神技の一つ「吸収」だった。全エネルギーをリマに奪われた罪人は、全身が干からびて息絶えた。そして、死骸が徐々に消えていった。
「俺の体の一部となって死ねたんだ。奴も本望だろう」
魔神技を会得したリマは、死刑を宣告された罪人の処刑方法として魔神技「吸収」を使い、全エネルギーを強奪していた。全エネルギーを奪われた罪人は死に、リマは更に強くなっていった。しかし、こうしたリマのやり方には、大勢の魔族が不満を抱いていた。彼等は、リマが楽して強くなる為に罪人を次々と処刑していると思っていた。こうした不満の声は、リマの側近にまで届いていた。そこで側近の一人が代表して、リマに進言しようとした。
「大魔王様。この様な処刑は、お止めになった方が・・・」
「貴様。俺に指図する気か?」
リマの鋭い睨みに凄まれ、その側近は委縮してしまった。大魔王となったリマは、ますます増長し、側近にすら恐れられる存在となっていた。しかも質が悪い事に、自分が名君であると思い込んでいた。自分がしている事は正しくて、魔族達は自分を尊敬していると信じて疑わなかった。
この不満が高まれば、何時か反乱が起こるかもしれない。しかし、側近達は、それを望んでいる訳ではなかった。それよりも事を穏便に済ませたかった。そこで、リマが一目置く人物に諫めてもらう事にした。その人物とは天津飯であった。早速、天津飯の元に使いを出した。
その天津飯は、弟分の餃子と共に、魔界の各所を転々と移動しながら修行を続けていた。魔界には劣悪な環境の星が多く存在する。すなわち修行に適した星が多い。天津飯は、三つ目人の技が記された巻物を携え、様々な場所で厳しい修行に勤しみ、技を磨いていた。
天津飯が岩山の上で座禅を組んでいた時、使いの者が現れた。天津飯は、座禅を中断し、使いの者の話を黙って聞いていた。
「・・・なるほど。リマの奴、そんな事をしているのか」
「はい。このままでは、何時か反乱が起こってしまいます」
「それにしても、たかが鼻糞を穿っただけで死刑とは・・・。鼻糞の秘密を、そっとはなくそう」
天津飯は、以前ヤムチャに教わった洒落を思わず口ずさんでしまった。それを聞いていた餃子と使いの者は白け、その場は気まずい空気となった。
「と、とにかく、俺がリマを諫めてこよう」
赤面した天津飯は、その場から逃げるように餃子を連れてリマの元に向かった。リマの城に到着すると、門番達は黙って門を開けて天津飯達を通した。
今でこそ魔族達とは良好な関係を築いている天津飯だが、魔界に住み始めた時点では魔族達から余所者と見られて嫌われていた。しかし、リマに一目置かれる立場でありながら高い身分を望まず、誰にでも優しく接するので、次第に魔族達から慕われるようになっていた。
天津飯達は、リマと対面した。リマは、愛想良く天津飯を迎えた。
「おお、天津飯。久し振りだな。修行は順調か?」
「ああ。それより言う事があって来た。最近、魔神技を使って罪人を処刑しているそうだが、それを今すぐ止めろ。何故なら、魔族が邪悪なエネルギーの持ち主だからだ。邪悪なエネルギーを吸収し続ければ、心まで邪悪になり、お前の兄を裏切って殺した、あのジュオウみたいになってしまうぞ」
天津飯は、ジュオウを引き合いに出し、リマを諫めた。ジュオウの様になると言われ、リマは愕然とした。ジュオウは、己の野望の為に大勢の魔族達を死に追いやった大悪人であり、無様な死を遂げて数年が経った今でも魔界中から嫌われていた。リマにとっては兄の仇であり、その憎しみは生涯消える事が無い。そのジュオウと自分が同類になると言われては、流石のリマも己の行動を見直さざるを得なかった。
「それに魔神技は、大魔王になる者のみに授けられる魔界の神々の秘伝の技だ。簡単に使って良い技ではない。ここぞという時にしか使ってはいけないはずだ。もし魔界の神々に伝われば、大魔王の座を返上しろと言われかねないぞ」
「そ、それは困る!分かった!止める!もう罪人に魔神技を使わない!」
苦労して得た大魔王の座を失うのを何より恐れていたリマは、あっさり方針を転換した。リマの言葉を聞いて、その場に居た側近達は、ほっと胸を撫で下ろした。そして、やはり天津飯は頼りになる男だと改めて認識した。
リマは、天津飯に滅法弱かった。昔、一度だけ天津飯と口論になった事があったが、怒った天津飯に「もう地球に帰る!」と言われたら、忽ち顔面蒼白になり、つい「待ってくれ。俺が悪かったよ、兄貴」と誤って言ってしまった。それを聞いた天津飯や、その場に居た部下達は、思わず失笑した。その場はそれで収まったが、それ以来、リマは天津飯に頭が上がらなくなっていた。
その後、戻って修行の続きをしようとした天津飯を引き止めたリマは、天津飯の為に食事会を開いた。その席上、天津飯の修行の成果を尋ねた。そして、天津飯が習得した新技を聞き、思わず唸った。
「そろそろ孫悟空と闘っても良いのではないか?今なら楽に勝てるだろう」
「勝つ自信はあるが、楽ではないだろう。これまで様々な強敵に勝ってきた奴だからな」
「それがどうした?俺達は、奴が今まで倒してきた敵とは違う」
「そうだな。俺も餃子も相当強くなった。今が良いタイミングかもしれない。餃子も異存は無いな?」
天津飯は隣の席で黙々と食事をしていた餃子に尋ねたが、餃子は「うん」とだけ答えて食事を続けた。
食事後、善は急げとばかりに三人は、魔界の門を潜って地球に向かった。彼等が地球に着いたのは夕方であった。それから悟空の気が感じられる方角に向かって飛行し、パオズ山で修行中だった悟空達の目の前で降り立ち、久方振りに再会した。
「よう、天津飯。久しぶりだなー。もしかしてオラと勝負しに来たのか?」
「ああ。約束だったからな。やっと勝てるだけの力と技を身に付けた」
天津飯は、悟空に堂々と「勝てる」と言い放った。悟空と闘う事は誰にでも出来るが、本気で勝てると思って闘える者は、少なくとも今の悟空側には居ない。悟空は、天津飯が手強い相手になると肌で感じていた。
「お喋りはそこまでだ。俺達は闘いに来たんだ。お前達を全員血祭りにしてやる。覚悟しろ!」
悟空と天津飯の会話に、リマが割り込んできた。一人だけ場違いに殺気立っていた。
「でも、オラ達は修行して疲れてるんだ。明日にしてくんねえか?」
「何!?・・・し、仕方ない。明日の朝に出直してやるから、ちゃんと休んでおけよ!」
リマは、優しい捨て台詞を残すと、天津飯と餃子を連れて魔界へと帰っていった。彼等が去った後、ピッコロが鼻で笑った。
「随分と聞き分けの良い敵だな。これがジニア人の手の者だったら、こうはならなかった」
「まあな。明日は楽しい一日になりそうだ」
悟空は、明日の決戦を早くも心待ちにしていた。
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