「それでは始めるとするか。お前達の作戦は、まずレードが単身で俺と戦うんだろ?」
「こちらの作戦は、全てお見通しか・・・。まあ良い。知られて困る作戦ではない」
ジンのオリジナルは、分身には出来ない特技を用いてくると予想される。どんな特技を使われるか分からない段階で全員が闘えば、ジンの術中に皆が陥って全滅するかもしれない。しかし、序盤に一人だけが闘えば、その者が未知の特技で死んでしまっても、観戦していた残りの三人が対策を立てられる。つまり一人で闘う者は、他の三人の為の囮である。そんな危険な任務を、レードが買って出た。しかし、その事は分身による偵察で、既にジンに知られていた。
レードは、囮になると言っても、進んで犠牲になるつもりはなかった。勝機があれば、レード一人でジンを倒すつもりだった。しかし、まずは勝利を意識せず、ジンの特技を見極める事に専念し、慎重に闘うつもりだった。
悟天は、超サイヤ人5の変身を解き、レードと入れ替わりでフリーザやセルの側近くにまで下がった。ジンの分身と闘ったばかりで興奮している悟天は、作戦を無視してレードに加勢したい気持ちはあったが、今は直前の闘いで消耗した体力を回復させる時だと割り切り、この場は大人しく引き下がった。
レードとジンが二人きりになった所で戦闘が開始された。最初は互いに本気を出さず、相手の出方を見ながら闘うという従来通りの立ち上がりだった。ところが、この戦いを観戦していた悟天達三人は、ある違和感を覚えた。巧みな動きをするレードに比べると、ジンの戦い振りが余りにもお粗末だったからである。
「ジンのオリジナルは、身体能力こそ高いが、動きが素人だ。さっき孫悟天と闘った分身も素人の様な闘い方だった。僕達が倒した分身達は、戦い慣れてたのにね」
「おそらく私達が倒した分身は、実戦経験があったから闘い方を知っていた。しかし、オリジナルは実戦経験が無いか少ないに違いない。孫悟天が倒した分身に至っては、生み出されたばかりだ。どうやらジンは、オリジナルも分身も、私の様に生まれた時から戦闘の達人ではない」
ジンの闘い方は、攻撃の仕方がワンパターンで隙も多く、防御も上手く出来ていなかった。セルの指摘通り、ジンのオリジナルは実戦経験が無かった。それでも悟天に倒された一本角の分身よりは、幾分ましな闘いをしていた。これはオリジナルが先程の悟天の闘いを観て、彼の闘い方を少しだけ学んだからである。それに引き換え分身の方は、能力の面では悟天より上であったが、闘い方を知らなかった為、悟天にあっさり倒されていた。
対するレードは、既に達人の域に達しているので、ジンの動きが手に取るように分かった。ジンの攻撃を一発も喰らわず、自身の攻撃を次々と命中させていた。しかし、一気に勝負を決めようとしなかった。ジンに何をされても回避出来るようにする為、なるべく接近戦を控えていた。
ジンは、劣勢であるにも拘らず、焦った様子が微塵も見られなかった。攻撃を受けながらレードの闘い方を観察し、少しずつではあるが、それを真似て闘うようになっていた。やがてレードと瓜二つの動きで応戦するようになっていた。
戦法が全く同じなら、優劣は個々の身体能力に左右される。レードは、少しでも有利に戦う為、徐々に気を高めていったが、対するジンも秘めた力を少しずつ開放していった。何から何まで自分と同じ様に闘うジンを相手に、レードは、自分の影と対戦している気がして、やり難さを感じていた。
他方、観戦している悟天達三人は、ジンが戦闘中に闘い方を改善している事に驚いていた。
「ジンの奴、レード様の闘い方を対戦中にマスターしたのか!?何て格闘センスだ!」
「格闘センスだと?ジンが優れたセンスの持ち主なら、初っ端の無様な闘い方を、どう説明する?今でこそ押し返しているが、最初は手加減しているレードに手も足も出なかった。優れたセンスの持ち主なら、例え実戦経験が無くても、即座に適応する。私の様にな」
セルは、当時では格上だったピッコロを相手にして、劣勢ではあったものの上手く立ち回り、それなりの闘いをした。決してジンの様にやられっ放しではなかった。
「また、レードの動きを真似る事は出来ても、自分独自の戦法を編み出していない。おそらくジンにはセンスも才能も無い。その代わり、学習能力が異常に優れている。とてつもなく頭が良くないと出来ない芸当だ」
「同感だね。レードはジンの能力を警戒しているが、最も警戒すべきは頭脳かもしれない」
ジンは、強いが格闘技の才能が無く、頭が抜群に良いというのがフリーザとセルの共通認識だった。そして、ジンと交戦中のレードも同じ事を感じていた。このままジンに学習させては危険だと判断したレードは、作戦を変える事にした。ジンが頑なに特技を使わないなら、使われる前に速攻で勝負を決めようと考え、気を最大限に高めようとした。ところが、何故か体に力が入らなかった。そして、自分の体の不調を感じている間にジンの勢いに徐々に押され、防戦一方となった。
「レードの動きが鈍くなってきたぞ。もう疲れてきたのか?」
「ちっ。どうやら体調が完全に元に戻った訳ではないようだ。あの役立たずめ!」
フリーザとセルは、レードの勢いが衰えてきたのは、一月以上に及ぶ絶食のせいだと思い、レードを非難した。しかし、悟天はそう思わなかった。
「レード様が決戦の前に体調を整えないはずがない。この三日間で、万全の状態に戻したはずだ。もしやレード様の不調は、ジンの特殊能力のせいでは?しかし、ジンに特に不審な点は見当たらないが・・・」
悟天は、レードとジンの動きを交互に観察した。レードは、肩で息をしたり、息切れしていなかったので、疲れているとは思えなかった。一方、ジンは、会話をしていないのに、口が開きっ放しだった。交戦中に口を閉じなければ、踏ん張れないし、殴られると口の中を切る場合がある。そんな事をジンだって分かりそうなはずなのに、それでも口を開いていた。この事に悟天は、レードの不調の原因があると見た。そして、レードに聞こえるように大声で叫んだ。
「レード様!ジンの吐く息を吸ってはいけません!おそらく奴の吐く息は、吸った人の力を低下させる効力があります!」
悟天の叫び声を聞いたレードは、大きく息を吐いて体内の空気を放出し、それから気の力で四方に衝撃波を放ち、周囲の空気を入れ替えた。その途端、自分の体が軽くなったように感じられた。悟天の指摘通り、ジンは口から身体能力を低下させる息を吐いていた。
「ちっ。慎重に戦っていたつもりだったが、それでも術中に陥っていたとはな。孫悟天が教えてくれなければ危うい所だった。どんな凄い手を使われても対処出来るように用心して待ち構えていたが、まさかこんな地味な手を使ってくるとはな。これでは用心するだけ無駄だ。次の特技を使われる前に倒してやる!」
レードは、ジンに息を吐かせる間を与えないよう気を最大限に高めてから一気呵成に攻めた。しかし、レードの攻撃がジンには全く当たらなかった。ジンは、これまでの戦闘を通してレードの動き方を完全に頭の中にインプットし、レードが次にどのように動くか分かっていた。しかし、レードの勢いが落ちる気配が無いのを煩わしいと感じ、第二の特殊能力を使う事にした。
ジンの目が一瞬だけ光った。するとレードの体が石化し、瞬く間に物を言わぬ石像になってしまった。これには悟天達が仰天したのは語るまでも無かった。
「ふう。こいつとは、もう少しゆっくり遊びたかったが、こうもしつこく攻められては仕方ない。他の三人で遊ぶとするか・・・」
ジンは、視線をレードから少し離れた所に居る悟天達三人に移した。レードとの闘いが終わったので、次は悟天達に狙いを定めた。そして、邪悪な笑みを浮かべながら彼等に向かって歩き出した。
「レードが石にされてしまうとは・・・。こんな手があるからこそ、どんな劣勢になっても慌てなかった訳か。これでは幾ら警戒しても防ぎようがない」
「こ、こんな恐ろしい特技を他にも持っているなら、今後どう注意して戦えば良いか分からないよ。やはり本物のジンは、分身とは一味も二味も違う」
「あれこれ言っても仕方ない。ジンを倒さなければ」
悟天達は、ジンに対抗する為、慌てて身構えた。ところが、ジンが背を向けたレードの石像にひびが入ると、大きな音を立てて破裂した。辺りには土埃が生じ、その土埃が晴れると、元の体に戻ったレードが立っていた。レードは自力で石化状態から戻ったのである。これにはジンも少しだけ驚いた。しかし、すぐに笑顔になった。
「ほう。よく元に戻れたな」
「この俺を甘く見るな。お前が石にしたのは、俺の薄皮一枚に過ぎない。俺は自分の体が石になり始めた時、気を全身に張り巡らせて、体の内部まで石になるのを防いだ。もう俺に石化は通用しない」
「くっくっくっ・・・。面白い。殺し甲斐のある奴だ」
ジンに焦りは少しもなかった。逆に、予想外のレードの抵抗を喜んだ。
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