セルとジンの戦闘が開始された。このジンは、本物であるオリジナルではなく、オリジナルから派生した分身の一人ではあるが、オリジナルに準ずる力を持ち、セルとも対等に渡り合う程に強かった。傍らに居るフリーザや悟天親子は、固唾を呑んで戦いの行方を見守っていた。
戦闘の最中、一メートル程度の長さがあるジンの尻尾の先端が、セルの右腕に突き刺さった。その瞬間、セルの右腕が麻痺して動かなくなった。その事にセルが驚いた隙に、ジンが立て続けに攻撃を浴びせた。
片腕が使えない分、接近戦は不利と判断したセルは、上空高く飛び上がってジンと距離を置き、左手を右腕の付け根に据えると、右腕を強引に引き抜いた。そして、引き抜いた右腕を、下から迫って来たジンに向かって投げつけた。対するジンは、投下されたセルの右腕を払い除けたが、その直後に背後に回り込んだセルに背中を蹴飛ばされた。ジンが体勢を整えて空中で停止した間に、セルは右腕を再生させた。
「やるじゃないか。面白い。少しだけ本気になってやるか・・・」
セルは、気を急激に高めた。これまではジンの実力を推し測る為に手加減して戦っていたが、想像以上に強いと分かったので、フルパワーに近い状態まで気を高めた。そして、気を高め終えると、猛烈な勢いでジンに迫った。一方、ジンも気を高め、こちらは本気になって応戦したが、すぐに防戦一方となった。両者の隠し持っていた力に大きな開きがあった。勝機を悟ったセルは、攻撃を一旦止めてジンに話し掛けた。
「貴様は、分身の中で一番強いんだろ?しかし、私には遠く及ばないようだ。やはり分身では役不足だ。私を倒す為には、オリジナルに来てもらわねばな。そう思わないか?」
「いいや。わざわざオリジナルが出張らなくても、お前如き簡単に倒せる」
「私を簡単に倒すだと?何を言うかと思えば、下らん負け惜しみか・・・」
「分身とはいえ、この俺を舐めるなよ。はあああ・・・・」
ジンが全身に力を込めると、ジンの体が大きくなり、最終的に体長三十メートル以上の巨人となった。しかし、セルは巨大化したジンを見ても余裕綽々だった。
「何をするかと思えば、ただ大きくなっただけか・・・」
ジンは、右足を上げてセルを踏み潰そうとしたが、セルに素早く移動されて踏付けを避けられた。続いて両手で交互に地面を叩き、セルを押し潰そうとしたが、先程と同様に次々と避けられ、掠りもしなかった。セルは、ジンの動きが手に取るように分かった。
「馬鹿な奴だ。巨大化すれば私に勝てるとでも思ったのか?大きくなってパワーが増しても、スピードが殺されてしまう」
「生意気な奴め。それなら、これでどうだ!」
ジンが再び力を込めると、今度は巨大化ではなく縮小し始めた。ジンの体は見る見る小さくなり、元の大きさ所か、体長約一センチの小人になった。今度ばかりはセルも驚いた。これまで体を大きくする能力を持つ者は何人も居たが、逆に小さくする能力を持つ者は居なかったからである。
ジンがセルの周りを周回し始めた。それに対してセルは、首を左右に振るだけで、ジンに何も出来なかった。先程はジンの動きが手に取るように分かったセルだが、今度はそうならなかった。ジンの体が小さいので見難い点もあるが、何よりジンのスピードが大幅に増したからである。逆にジンの方がセルの動きを把握していた。立場は完全に逆転していた。
セルが焦っているのを見て取ったジンは、隙を見てセルの口の中に飛び込んだ。そして、セルの体内に侵入した。セルが慌ててジンを吐き出そうとしても、最早どうにもならなかった。そして、遂にセルの体の中心部まで来たジンは、再び巨大化を始めた。ジンはセルの体を突き破り、セルの体は崩壊した。それを見届けたジンは、元のサイズの大きさに体を戻した。
「体の表面は鍛えられても、内部は鍛えられない。分身だからと言って、この俺を甘く見たのが運の尽きだったな」
ジンは高らかに笑ったが、その間にセルの体が再生した。死んだと思っていたセルが実は生きていたと知ったジンは、顎が外れる位に大きな口を開けて驚いた。
「教えてやろう。私の頭の中にある核が破壊されない限り、私の体は再生出来るのだ」
「ならば次に体内に入った時、その核とやらを見つけて破壊してやる」
「生憎、核の位置は自由に変えられる。複雑な体内で、移動する核を発見するのは不可能だ」
「それはどうかな?俺には分身能力がある。体内で百人の分身を作り、手分けして探せば、すぐに見つけられるさ」
体の大きさを自由に変えられる能力を持つジンは、オリジナルと角が一本の分身だけである。しかし、体を小さくした状態で分身すれば、角が二本以上でも、小さな体の分身が誕生する事になる。その分身は、ずっと小さな体のままだが、どうせ使い捨てなので、然したる問題ではない。何より大勢の分身が手分けしてセルの体内にある核を探せば、セルがジンに見つからないように核を隠すのは難しくなる。
「ならば、貴様が私の体内に入る前に殺してやる」
「ふっ。俺を倒しても、すぐに別の分身が貴様等に襲い掛かってくる。そして、次に来る分身は、今回の闘いを参考にして、より確実に貴様等を葬る手段を取るだろう。例えば俺と同等の力を持つ十人の分身が小型化し、一斉に貴様の体内に侵入しようとしたら、それを貴様は阻止出来まい。貴様だけでなく、貴様の仲間もな」
このジンの分身を倒しても、オリジナルのジンが存在し続ける限り、何度でもジンの分身が襲ってくる。そして、十人の小型化したジンの分身が不意に現れれば、セルが体内に侵入されるのを防ぐ事は不可能に近い。ましてや再生能力を持たないフリーザや悟天親子では、ジンに体内を侵入された時点で終わりである。
その時、彼等の側に一人の男が唐突に現れた。それは何と、これまで自邸に引き籠っていたレードだった。ジンの気を察知したレードは、ようやく重い腰を上げ、久しぶりに皆の前に姿を見せた。しかし、一月以上も食事を取っていなかったせいで、以前の面影は微塵も無かった。レードの表情は暗く、体は瘦せ細っていた。そんな変わり果てたレードを見て、ジンは笑い飛ばした。
「何だ?この死に損ないは?死に切れないから、俺に殺して欲しいのか?お望みなら、お前の体内に入って、苦しまないように殺してやろうか?」
レードは、ジンの嘲笑に対して一言も言い返さず、無言でジンの正面に立って身構えた。何とレードは、ジンと戦うつもりだった。レードが登場しただけでも驚きなのに、しかも元気なセルですら手を焼くジンを、弱ったレードが戦おうというのだから、セルだけでなくフリーザや悟天親子も唖然としていた。セルは、レードの真意が分からなかったが、ジンとの戦いを避けたかったので、この場をレードに譲ると、自身は後方へ退いた。
「ふん。お前を倒すのに、わざわざ小さくなる必要はあるまい。すぐに消してやる」
ジンは、猛烈な勢いでレードに迫ると、何度もレードを殴った。今のレードが戦える状態ではないと、その場で観戦している誰もが思った。そんなレードに対してジンは、容赦せず攻撃を続け、遂にレードに止めを刺すかと思われた時、レードが突然ジンの尻尾を握り締めた。そして、ジンの体を地面に叩きつけた。更にレードは、ジンの角を掴んで顔面を膝蹴りした。予想外のレードの反撃に、ジンは闘うのも忘れて仰天していた。
単純な力の比較では、今のレードよりセルの方が遥かに強い。しかし、外見が強そうなセルとは違い、レードは一見すると餓死寸前の弱々しい体だった。そんな状態のレードが異常な強さを見せたのだから、対戦相手が困惑するのも当然だった。
大抵の人間なら、レードと同じ空腹状態になれば死ぬ。死なないとしても、闘う所か立ち上がる力すら無い。そんな状態でもレードが闘えたのは、満足に食べられなかった厳しい少年時代を生き延びてきたからであるが、それだけでなく空腹が辛いと思わなかった。最愛の娘を失ったばかりのレードは、人としての感情を失っていた。今のレードは、感情を持たない殺人マシーンのような存在だった。その為、どんなに酷い状態でも、無心で戦う事が出来た。
ジンは、混乱から立ち直って反撃に転ずる事なく、レードに追い詰められた。小型化する余力も、今は残っていなかった。後はレードがどう料理するかという所だが、レードは誰もが驚く意外な行動に出た。
「俺の気が変わる前に、さっさと出て行け。二度と惑星レードに来るな」
何とレードは、ジンを逃がそうとしたのである。ジンは、レードの言葉に甘え、すぐに飛び去った。レードの甘過ぎる処置に激怒したフリーザとセルは、レードに詰め寄った。
「馬鹿か、貴様は!?どうして奴を逃がした!?奴を逃がしても、何の解決にもならないぞ!貴様は知らんだろうが、奴は分身の一人で、俺達は奴からオリジナルの居場所を聞き出さねばならなかったんだぞ!それを貴様は・・・」
「あれで良いんだ。あれでな・・・」
レードの真意を、まだ誰も見抜いていなかった。
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