其の六十七 ドクター・ブレイン

地球から約百億光年も離れた電波銀河3C324。その銀河にある星の一つである惑星ジニアでは、悟飯が日夜過酷な肉体労働を強いられていた。食べ物どころか睡眠時間すら碌に与えられず、疲労によって倒れても、見張り役の男が持つ鞭で打たれて叩き起こされ、すぐに仕事を再開させられた。悟飯の他にも別の惑星から連れてこられて働かされる者達が大勢居たが、殆どの者が数日と持たずに死んでしまう中、悟飯だけが何年も持ち堪えていた。

地球でドクター・スカルが敗れてから数日経ち、いつものように働かされた悟飯が倒れた。すぐに見張り役の男から鞭で打たれたが、今回は目を覚まさなかった。幾ら頑丈な体でも、流石に限度がある。この日の悟飯は、起き上がる力すら残っていない程に疲れ果てていた。

「ふん。やっとくたばったか。よし!捨ててくるか」

悟飯が死んだと思った見張り役の男は、悟飯の生死を確認せず、悟飯の体を引き摺って死体遺棄の為に掘られた穴の中に放り投げた。これは数年前、悟飯が奴隷達の死体を捨てる為に掘らされた穴であった。穴の外にまで死臭が漂い、通常の人間なら臭くて耐えられないが、疲労困憊の悟飯にとっては、むしろ居心地が良かった。嗅覚が麻痺して臭いが気にならず、働かなくても鞭で打たれないからであった。そのまま一週間、悟飯は死んだように眠った。

悟飯が穴の中に入れられてから一週間後、惑星ジニアでは歓迎式典が執り行われようとしていた。ジニア人のリーダーであるドクター・ブレインが、惑星ジニアに帰還するからであった。ハートボーグ五十七号を初めとするサイボーグやロボット達は、一糸乱れずに整列してドクター・ブレインの帰還を待った。いつもは厳しい表情のドクター・ハートも、この日ばかりは晴れやかな表情であった。

大勢の者が待つ中、遂にドクター・ブレインを乗せた宇宙船が惑星ジニアの地面に着陸した。そして、宇宙船の扉が開くと、白衣を着て、口髭を生やした紳士風の男が船から降りてきた。背丈が百八十センチ程あり、端正な顔立ちの男こそが、ドクター・ブレインその人であった。ドクター・ハートは、軽く会釈してからドクター・ブレインに話し掛けた。

「お帰りなさいませ。これまで頻繁に連絡を取り合ってましたけど、直接お会いするのは久し振りですね。正確に言うと、十三年四ヶ月十日八時間十五分振りですわ」
「甘いな、ドクター・ハート。もっと正確に言えば、十三年四ヶ月十日八時間十五分十二秒振りだ」
「ま!ドクター・ブレインには敵いませんわ」

ドクター・ハートは、屈託無く笑った。普段は負けず嫌いで、誰に対しても強気の姿勢を崩さないドクター・ハートが、敬愛するドクター・ブレインを目の前にすると、嫋やかな女性らしい一面を見せていた。

ドクター・ハートは、リムジンに似た豪華な車にドクター・ブレインを誘導した。そして、彼女の背後に控えていたハートボーグ五十七号を含めた三人が乗車した。三人を乗せた車の発車後、車窓から見える惑星ジニアの風景を懐かしそうに眺めたドクター・ブレインは、隣に座っていたドクター・ハートに話し掛けた。

「ドクター・スカルから連絡が途絶えたという事は、もう生きてはいまい」
「はい。リバイバルマシーンに加え、ドクター・ブレインから伝授された新技法の知識まで持ち合わせていながら、それでも敗れたのは大きな誤算でした」
「私の見通しが甘かった。やはり君が進言した通り、オーガンの誰かを向かわせるべきだった。うん?あれは誰だ?」

ドクター・ブレイン達が乗る車の進行方向に、一人の男が仁王立ちしていた。目覚めたばかりの悟飯だった。体は汚れ、髪や髭は伸びっ放しだが、目の輝きだけは失われていなかった。一週間も眠り続けた結果、空腹かつ傷が完治した訳ではなかったが、体力が回復していた。車は悟飯の目の前で停車し、まず五十七号が下車した。

「孫悟飯。何故ここに居るんだ?死んだという報告を受けていたが・・・」
「やはり死んだと勘違いしたようだな。目覚めたら死体を遺棄する穴の中に居たからな。お陰で休めた。今日こそは貴様等を倒し、地球に帰ってやる!」
「少し休んだ程度で、俺に勝てると思っているのか?思い知らせて・・・」
「止めたまえ!」

悟飯と五十七号の間に、ドクター・ブレインが割って入った。

「五十七号。残念だが、この男は、もう君の手に負える相手ではない。君は下がっていなさい。私が代わりに戦おう」
「え!?そ、それはいけません!あなた様に、もしもの事があったら・・・」
「五十七号。あなたに口答えする権利は無いわ。言われた通りにしなさい」

ドクター・ハートに窘められた五十七号は、渋々後退した。この一連のやり取りを見ていた悟飯は、目の前に現れた見知らぬ男が只者ではないと感じ、問い質した。

「貴様は何者だ?見た所、ドクター・ハートと同じジニア人のようだが・・・」
「君が例のサイヤ人かね?私はドクター・ブレインだ。この星で何年も暮らしていたなら、私の名前位は聞いた事があるだろう」
「ドクター・ブレインだと!?ならば貴様を倒し、ミレニアムプロジェクトを止めてやる!」
「私を倒す?面白い。やれるものならやってみたまえ」

猛る悟飯を目の前にしても、ドクター・ブレインは少しも臆していなかった。悟飯は、構わずに攻撃しようとしたが、どういう訳か足が竦んで動けなかった。ドクター・ブレインの見た目は全然強そうに見えないのに、何故か気後れしてしまった。数々の修羅場を潜り抜けてきた悟飯の体が、ドクター・ブレインと戦う事に危険信号を発していたのである。

「どうしたのかね?来ないのかね?来ないのなら、こちらから行こうか?」
「くっ、くそっ!どうしたというんだ俺の体は!?ええい!」

悟飯は迷いを断ち切って飛び掛かった。しかし、待ち構えていたドクター・ブレインが、悟飯の動きに合わせて高速でパンチを出した。悟飯は急いで身を翻したので、パンチの直撃は避けられたが、わずかに掠ってしまった。ところが、次の瞬間、悟飯は急に苦しみ出し、吐血して倒れた。悟飯に再び立ち上がる力は残っていなかった。勝負の余りにも呆気ない結末に、当の悟飯は無論、味方である五十七号までもが驚いていた。

「お、俺の体は、どうしてしまったんだ?たったの一撃、それも掠っただけなのに・・・」

勝ち誇ったドクター・ブレインは、足元に倒れている悟飯を見下ろしながら話し掛けた。

「恥じる必要は無い。私と戦った者は、誰もがそうなる。それに安心したまえ。すぐに治療してあげるから。このまま死なせるのは惜しいからな。そして、君に一つ面白い事を教えてあげよう。君の仲間が君を救出する為に、この惑星ジニアに向かっているそうだ。しかし、私は当分この星に留まる事にしたので、もし彼等がこの星に辿り着いたら、私と戦う事になるだろう。どういう結果になるかは、猿の頭でも分かるだろ?」

奴隷として四六時中働かされていた悟飯は、一切の情報を与えられなかったので、悟空達が自分を救出する為に惑星ジニアに向かっている事を初めて知った。しかし、悟飯には喜びよりも別の感情が湧いていた。

「と、父さん・・・。ここに来てはいけない・・・。来れば間違いなく殺される・・・。俺の事は忘れてくれ・・・」

薄れゆく意識の中、悟飯は悟空達の敗北を確信した。そして、悟飯が意識を失った後、ドクター・ブレインは悟飯を肩の上に担ぎ上げた。

「生身の体にしては、かなり丈夫だな。肉体労働で使い潰すには勿体無い。これからは私の研究の被験者としよう。これまで使っていた被験者は、大抵は一日で死に、長くても三日と持たなかった。君は、どこまで生きられるか楽しみだ」

ドクター・ブレインは、まるで玩具を買ってもらった子供がするような目で悟飯を見詰めていた。

「流石ドクター・ブレインですわ。孫悟飯の仲間が来るのを、わざわざ待つ必要ありません。今すぐ彼等が住む銀河に行って、全員殺してきたらいかがですか?」
「サイヤ人の話を聞いて、『是非とも自分に倒させてくれ』と、ドクター・キドニーが志願してきた。生物学者だから、サイヤ人の体に興味があるのだろう。オーガンの一員だから、よもや敗れる事はあるまい」

ドクター・ブレインは、自らが動けば事は容易に片付くと分かっていながら、それでも別の者に悟空達の始末を命じた。組織のトップに立つ者として、下の者の希望を無視し、何事も自分の意見を押し通す独裁者でないとアピールする為であった。

「ドクター・キドニーと言えば、彼が造った究極生命体ジンの出番ですね。ジンならサイヤ人達にも勝てましょう」
「そうだな。ところで、ドクター・ハート。君にも仕事をしてもらうぞ。この星に私が留まる間、君は別の銀河の制圧に向かってくれ。この星での君の仕事は、全て私が引き継ぐ」
「え!?そ、それは困りますわ。まだ私の研究が途中ですから・・・」

ドクター・ハートは、科学の力によるドラゴンボールを作りたいと願い、仕事の合間にドラゴンボールの研究を何年も続けていた。最近は研究が煮詰まっていたが、ドラゴンボール作りを諦めてはおらず、惑星ジニアに留まって研究を続けたいと思っていた。しかし、ドクター・ブレインは、それを許さなかった。

「今はミレニアムプロジェクトの完遂に全力を注がねばならない。研究は空いた時間にすれば良い」
「か、畏まりました。ただし、五十七号は惑星ジニアの警備隊長という大事な任務を担ってますから、彼は残していきますわ」

こうしてドクター・ハートは、別の銀河の征服へと旅立った。そして、ドクター・ブレインの研究の被験者となった悟飯は、更に過酷な日々を過ごす事となった。

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