其の六十六 アイス無残

悟天とアイスは、レードの屋敷に呼び出された。彼等が屋敷の前に降り立つと、そこにはレードの他にフリーザとセルが居た。ところが、フリーザとセルが冷笑を浮かべているのとは対照的に、レードの表情が酷く沈んでいた。

「パパ、どうして急に呼び出したの?それに表情が優れないわよ。体調でも悪いの?」
「だ、大丈夫だ。そんな事よりも、父上がお前の強さを是非見てみたいそうだ。だから、これから戦ってもらう」
「え!?まさか、お爺様と戦えとでも言うの!?」
「そうではない。お前の相手は、孫悟天だ。二人には組み手をしてもらう」

もし強大かつ邪悪な気を持つフリーザと戦えと言われたら、彼に疑いの目を向けていたアイスは、レードの申し出を断って引き返していた。しかし、悟天が相手なら、特に警戒する必要が無いので、快く了承して準備運動を始めた。この組み手そのものが、フリーザの恐ろしい罠だとは知らずに。

「手加減しないわよ、悟天。でも、あなたは手を抜いてね。あっさり負けたくないから」
「大丈夫だよ。わざと負けてあげるから」

レードの子供の中では抜きん出て強いアイスだが、悟天の実力には遠く及ばなかった。しかし、父や祖父の前で無様な負け方をしてはアイスの面目が立たないので、悟天は負けてあげるつもりだった。

こうして二人は、何の疑いも抱かずに組み手を開始した。アイスが全力で立ち向かったのに対し、悟天はアイスと同じレベルにまで力を抑えて応戦したので、終始互角の展開で時間が経過していった。そして、組み手の頃合を見て、フリーザは隣に立っているレードに声を掛けた。

「そろそろ良かろう。レード、やれ」
「ち、父上。ほ、本当にやらねばならないのか?」
「何の為に二人を戦わせたと思っているんだ?さっさとやれ!」
「・・・アイス。許せ・・・」

レードは、躊躇いつつもデスマジックを使い、アイスと悟天の体を遠隔操作した。まずアイスを組み手の最中に跪かせた。その時、悟天は回し蹴りを出してる最中だったが、アイスが防御体勢を取っていなかったので、慌てて止めようとした。しかし、足が彼の意思に逆らって止まらず、蹴りがアイスの側頭部に命中した。蹴飛ばされたアイスは、頭から血を流して倒れた。

「あ!だ、大丈夫か!?アイス!」

アイスの身を案じた悟天は、急いでアイスを介抱しようと駆け寄った。しかし、またしても悟天の右腕が本人の意思とは無関係に動き、アイスの腹部を上方から思いっきり殴りつけた。殴られたアイスは、大量の血を吐いた。

「ご、悟天・・・。どうして・・・?」

この一撃が致命傷となり、息が絶え絶えのアイスは、怯えた表情を浮かべたまま息絶えた。一方、目の前の状況を理解出来ない悟天は、茫然自失していた。

「ア、アイス・・・。何で寝ているんだ?お、起きろ!起きてくれ!アイス!」

気が動転した悟天は、アイスの体を激しく揺さぶった。しかし、アイスからの返事は無かった。ようやく目の前の現実を理解した悟天は、気が狂わんばかりに絶叫した。自らの手でアイスを殺してしまったので、悲しみと罪悪感に悶え苦しんだ。両目から涙が溢れ出た。

「うわあああ・・・!何でアイスを殺してしまったんだ!?もう生きていられない!」

絶望に打ちひしがれた悟天は、自らの命を絶つため、手刀を自分の左胸に突き刺そうとした。しかし、セルが悟天の背後に素早く移動し、悟天の右手首を掴んで自殺を食い止めた。

「放してくれ!あの世でアイスに詫びさせてくれ!」

自分が生きてはいけないと思っていた悟天は、セルの手を振り解き、自殺を敢行しようとした。しかし、セルが手を放そうとしなかった。セルの方が力が強いので振り解けず、やがて自殺を諦めた悟天は、力無く項垂れた。

「どうして攻撃を止められなかったんだ?あの時に止めていれば、こんな事には・・・」

セルが悟天の手首から手を放すと、悟天は、両手で頭を抱え、攻撃を止められなかった理由を考えた。もし悟天が正常な状態なら、自分の体が何か別の力によって動かされた事に気付いたかもしれない。しかし、錯乱状態である今の悟天は、状況を冷静に分析する事が出来なかった。そして、嘆き悲しむ悟天の背後に、邪悪な笑みを浮かべたフリーザが立った。

「とんでもない事をしてくれたね。まさか僕の可愛い孫娘を殺してしまうとはね。でも、そんなに自分を責めなくても良い。お前がアイスを殺してしまったのは、アイスを憎んでいたからだ。レードから聞いたよ。アイスと強引に付き合わされたせいで孫悟空との仲が悪化し、地球に帰り辛くなったとね」
「そ、それは、もう終わった事だ。俺は、アイスを憎んでなんか・・・」

フリーザの言葉を悟天は否定したが、フリーザは構わずに話を続けた。

「いいや。表面上は憎んでいなくても、心の奥底では憎んでいたはずだ。そして、その憎しみが表面化してアイスを殺してしまったんだ。しかし、これは珍しい事じゃない。お前が呪われたサイヤ人の血を引いている事実を考えればな。サイヤ人は、気に入らなければ親でも殺す残虐な種族だ。今回、サイヤ人の血が、お前の意思に逆らい、アイスを殺したんだ」
「そ、そんな・・・」

フリーザの言葉は、全くの出鱈目だった。幾らサイヤ人が親を殺すといっても、それは本人の意思による行為である。今回の件は本人の意思とは無関係であったが、悟天は、フリーザの言う通りだと信じてしまった。それ以外に自分がアイスを殺した理由を思い付かなかったからである。そして、己の体の中に流れるサイヤ人の血を憎んだ。

「お前の体の中のサイヤ人の血は、父親から受け継いだもの。つまりアイスを殺したのは、お前の父親と言っても過言ではない。アイスを殺した父親である孫悟空を憎め。そして、殺せ」

フリーザは、悟天の耳元で、「孫悟空を憎め。殺せ」と何度も囁いた。セルもフリーザの後に続いた。最初こそ「父さんは関係ない!」と否定していた悟天だが、何回も同じ台詞を聞いてる内に、それが自分のすべき事だと誤認してしまった。そして、遂に恐るべき決断を下してしまった。

「俺がこんなに苦しいのも、全てあいつのせいだ。もう親とは思わない。殺す!孫悟空を殺してやる!」

悟天が恐ろしい言葉を述べた時、彼の頬を伝う涙が血の涙に変わっていた。

その後、悟天はアイスの亡骸を抱き抱えて飛び去った。全て思惑通りの結果となり、上機嫌なフリーザやセルとは対照的に、レードは、表情が青褪め、体が小刻みに震えていた。

「ち、父上。これで本当に良かったのか!?俺が真の帝王となる為に、アイスが死ななければならなかったのか!?」
「勿論だよ。あの娘が死んで、お前の唯一の弱点が消えた。お前は、完全無欠な存在となり、いずれ冷酷無比な真の帝王となる。さあ、今日は色々あって、もう疲れただろう。ゆっくりと休むが良い」

フリーザに休むよう促されたレードは、項垂れたまま屋敷の中に入った。それを見届けたセルは、フリーザに話し掛けた。

「少し薬が効き過ぎたんじゃないのか?あの様子では、しばらく立ち直れないぞ」
「構わないさ。レードが腑抜けになってくれれば、奴を殺して、奴が築いたものを全て奪ってやる。また、孫悟天を孫悟空と同じレベルにまで強くする。それから二人を戦わせれば、一人は死に、生き残った方も相当の傷を負っているはずだ。僕は、生き残った方を殺す。他の連中も始末する。そして、地球にあるドラゴンボールを使って不老不死になる」

フリーザにとって、レードは単なる踏み台に過ぎなかった。

「ふっ。なるほどな。ところで、ゴカンとかいうガキはどうするんだ?奴も殺すのか?」
「うーん、そうだね。あのガキに用は無いんだけど、どこまで強くなるのか見てみたい気もする。とりあえずは生かしておくよ。殺そうと思えば、何時でも殺せるしね。でも、今から教育すれば、将来は僕の忠実な部下になるかもしれない。僕と君とゴカンの三人で宇宙を我が物にするのも悪くない。ふふふ・・・。想像するだけでも楽しくなってきたよ」

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