悟空達が住む世界とは別に存在する、もう一つの世界である魔界。その魔界の王であるリマは、大魔王に相応しい力と魔力を有していると魔界の神々に認められた。大魔王と言っても、実質は魔王と同じだが、長い魔界の歴史の中で正式に大魔王となった者が数少ないので、大変な名誉職であった。こうして大魔王となる事を認められたリマは、神魔界に赴いて長く辛い修行に耐え、魔界の神々の秘伝の技である魔神技を会得した。
修行を終えて魔界に戻ったリマは、晴れて大魔王となり、その就任を祝う記念式典を執り行うと大々的に発表した。その知らせは、別の魔界にまで届いていた。そして、式典に出席する為、大魔界からグロリオとパンジが、クウの名代としてリマが住む城を訪れていた。
宇宙が十二個ある様に、魔界にも複数の種類が存在する。魔族達が住み、リマが領する暗黒魔界。魔人達が住み、クウが治める大魔界。他にも悪魔達が住む悪魔界や、魔界の神々が住む神魔界がある。そして、かつてダーブラは、神魔界を除く全ての魔界を征服し、各魔界で王として君臨していた。
グロリオとパンジは、謁見の間にてリマと会い、クウからの祝いの品と親書を手渡した。リマは、祝いの品を後ろに侍る部下に持たせ、親書に目を通した。親書には、まず大魔王に就任する事を称賛し、次に自分も式典に出席したいが、多忙故に欠席せざるを得ない事を詫び、最後に互いに手を取り合い、親睦を深めていきたいと書かれていた。
親書を読み終えたリマは、その内容には触れず、不快感を露に口を開いた。
「大魔界で魔王になった者達は、神々の許しを得ず、勝手に大魔王と名乗っていた。本来であれば大魔王は、俺の様に至高の領域にまで己を高めた魔王のみがなれるはず。この暴挙を実に苦々しく思っていた」
これまでの大魔界の王達は、名前に大が付いているのを良い事に、大魔王と自称していた。生前のダーブラも、大魔界に居る時だけは大魔王と自称していた。周りの魔人達も、それに対して疑念を抱かず、大魔王と呼称していた。その事に対し、これまで神々からの咎めは無かった。しかし、他の魔界に住む者達は、大魔界だけが特別なのかと憤慨していた。
「リマ様の怒りは、御尤もです。ですが、クウは、大魔王と名乗っていません。それどころか、大魔界の法律を改正し、魔王が勝手に大魔王と名乗る事を禁止しました」
「ほう。そうなのか。それは殊勝である。真の大魔王が褒めて遣わす」
この改正は、恒久的なものではなく、クウが在位している間の一時的なものであった。何故なら、クウの例を見ても分かる通り、魔王は法律を自由に変えられるからである。クウの次以降に大魔界の王になる者が法律を元に戻すかもしれない。しかし、こんな事を言えばリマの逆鱗に触れると思ったグロリオは、その事に触れなかった。
この時、リマの額の目を凝視していたパンジは、その目を指差しながら質問した。
「なあ、その目ってサードアイだろ?だから大魔王になれたんだなー」
グロリオとは対照的に、パンジは、リマを全く敬っていなかった。そして、リマとは初対面である為、リマの額の目をサードアイだと思い、サードアイのお陰で大魔王になれたと勘違いした。
このパンジの態度に、隣に居るグロリオは、リマが激怒するんじゃないかと肝を冷した。ところが、意外にもリマは、一笑に付した。
「パンジとやら。この目は、サードアイなどという紛い物の目ではない。魔界のエリートである三つ目人だけが持つ本物の目だ。大方、サードアイとやらも、三つ目人の強さに肖って作られた物であろう」
サードアイは、大昔に作られた物であり、どういう経緯で作られたのかは、今では知る由も無い。しかし、使い手がパワーアップする為に体に装着させる道具を作るなら、もっと小さくしたり、体の目立たない場所に張り付けたりと、他に幾らでも方法があったはずである。敢えて体の中でも目立つ場所である額に張り付ける仕様にしたのは、魔界の中でも特別な力を持つ三つ目人に憧れた作り手が、三つ目人の様になる為だとリマは思った。
「さてと、会見は以上にしよう。大魔界に帰ったら、リマにこう伝えろ。『偉大なる大魔王リマ様に一歩でも近付けるよう日々精進せよ』とな」
厚顔無恥なリマの物言いに、グロリオやパンジは無論、周囲に侍るリマの部下達ですら唖然としていた。
その後、グロリオとパンジは別室に移動した。そして、周りに誰も居ない事を確認してからパンジが悪態を吐いた。
「何なんだよ、あのリマって野郎の態度は!大魔王は名誉職であって、立場的には魔王と同等のはずじゃないのか!?大魔界の方が広いんだから、むしろこっちの方が偉いだろ!なのに完全に私達の事を見下しやがって!あー腹が立つ!」
「大魔王になって天狗になっているんだろう。しかし、その力は本物だ。機嫌を損ねないよう注意しよう。もし奴を怒らせて戦争に発展したら、大魔界側に勝ち目は無い」
もし大魔界と暗黒魔界の間で戦争になったら、大魔界の総力を結集しても、ゴマーを釈放してサードアイをも持たせても、リマには敵わないとグロリオは見ていた。
一方、玉座の間に移動したリマは、部下達に驚くべき提案をしていた。
「大魔界からは臣従を誓ってきたから良いが、悪魔界からは何の音沙汰も無い。大魔王となった俺を舐めているのか?いっその事、悪魔界を攻め滅ぼしてやろうか?」
友好を臣従と捉えたリマの屈折した見方はともかく、戦争ともなれば大事である。忽ち周囲に緊張が走った。ところが、末席に居た長老が異を唱えた。
「お待ち下さい、リマ様。悪魔界に住む悪魔達を侮ってはいけません。彼等は呪いを得意としています。弱体化させる呪い、何か別の物に変化させる呪いと色々ありますが、最も恐ろしいのは人を呪い殺す。所謂呪殺です」
長老は、呪いの恐ろしさを滾々と説明し、リマを思い止まらせようとした。
「呪いと言っても、魔力を使った攻撃の一種であろう。ならば魔力を使って防御すれば防げるはず。恐れるに値しない」
大魔王となったリマは、自分には呪いなど効かないと高を括っていた。しかし、長老は尚も食い下がった。
「正面から向かってくれば、それで防げます。しかし、悪魔というのは卑怯で狡猾な生き物です。味方の振りをしながら背後から襲ってきたり、あるいは寝込みを狙って来るやもしれません。隙を突かれたら、どんなに高い魔力があろうと防ぎようがありません。もし大魔王ともあろう者が名も無き悪魔に殺されでもしたら、魔界の歴史に汚名を残す事になりますぞ」
長老の迫力に気圧されたリマは、口を噤んだ。しかし、言い返せないから黙っているだけで、まだ悪魔界侵略を諦めた訳ではなかった。それを察知した長老は、更に説得を続けた。
「かつて悪魔界は、史上最恐の悪魔王として恐れられたロイムが長年に渡って支配していました。そこに悪魔界を手中に収めるべく、ダーブラが大軍を率いて攻め寄せました。ロイムは、部下を連れて迎え撃とうとしましたが、ダーブラと対峙した際、何と部下全員がロイムを裏切ったのです。多勢に無勢と見たロイムは、何処かに消え去り、ダーブラが新たな悪魔王となりました」
これはリマが産まれる前で、しかも別の魔界の話なので、リマにとっては初耳だった。
「部下に一斉に裏切られたのは、ロイムに人望が無かったからであろう」
「その通りです。しかし、裏切りを先導したのは、ロイムの息子のサイムです」
「実の息子が裏切るとは・・・。悪魔というのは性根が腐り切っているな」
大魔王となって尊大になっても亡き兄への敬慕を失っていないリマにとって、肉親の裏切りは最も許し難い行為だった。
「悪魔王となったダーブラですが、悪魔達に寝首を掻かれるのを恐れ、余り悪魔界には近寄らなかったそうです。ダーブラが不在の間、サイムが悪魔界を取り仕切っていました。そして、ダーブラの死後、サイムが次の悪魔王となりました。以後、現在に至るまでサイムが悪魔界を牛耳っています」
リマは、いずれサイムとは雌雄を決するべきだと思ったが、何の準備も無しに挑むのは危険だと判断した。それよりも、まずは決着をつけたい相手として悟空達の顔が思い浮かんだ。
その後、リマの大魔王就任を祝う記念式典が盛大に執り行われた。式典ではリマは終始上機嫌で、パンジは最初から最後まで一貫して眠っていた。
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